社内報_2020-10
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若き日の思い出アメリカで手に入れた、鋼のメンタル国10位幼少期から甲子園を目指し進学した中学校は︑地元で有名な私立の強豪校︒厳しい練習に食らいついていました︒しかし体力が追いつかず︑勉強も疎かになり︑負のスパイラルに陥りました︒結果︑野球は断念︒初めての挫折でした︒高校2年生の時︑先輩と一緒に新しい部活を発足させました︒それがゴルフ部で︑スタートは同好会から︒部に格上げするために︑着々と好成績を収め続けました︒こうして準備を重ね︑臨んだ第2回全国高校ゴルフ選手権大会︒全をつかみ取ったのです︒その後は無事︑大学進学も決まりました︒アルバイトに力を注ぎ︑喫茶店や工事現場︑母が経営する車検工場など︑幅広い仕事を経験︒働くことで︑社会人としての基礎が身につくだけでなく︑お金も手に入ります︒貯めたアルバイト代でバリ島へ行き︑仲間と一緒にサーフィンをするのが︑何よりの楽しみでした︒大学卒業後は︑﹁一般的な企業﹂で働くのだろう︒当時は︑そう安易に考えていました︒この状況が︑父によって打ち砕かれようとは︑想像もしていませんでした︒﹁知り合いが︑アメリカでスーパーマーケットをやっている︒かなり成功しているぞ︒そこで働いてこい﹂︒父からの︑突然の指令︒﹁そんなこと︑急に言われても﹂などと言う暇は与えられません︒すぐにアメリカへと渡りました︒父の話では︑﹁週休2日︒英語の家庭教師がついてくれる﹂という好待遇︒ですが︑実際にアメリカ生活が始まって︑愕然としたのです︒勤務は月曜日から土曜日︒朝8時創刊号代表取締役会長代表取締役会長油井 健一油井 健一YUI KENICHIVol.1 2020.10.25発行    

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